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2015.04.10

【スペシャル対談】小山万里子(ポリオの会代表)×渋谷健司(JIGH代表理事)(1)医師も知らないポリオという病気

「医師も知らないポリオという病気 」

【小山万里子氏プロフィール】  【渋谷健司プロフィール】

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ポリオの会代表 小山万里子氏

渋谷:本日はお越しいただきありがとうございます。本日は、ポリオ体験者やそのご家族、医療関係者などで構成される「ポリオの会」代表の小山万里子さんにお越し頂きました。小山さんと一緒に、国内外のポリオの現状、国、医療機関、民間の我々ができる事について議論できればと考えています。最初に、簡単に自己紹介からお願い致します。

小山様(以下、敬称略):ポリオの会の代表をしております小山と申します。一応、ポリオの会の「代表」ということになっていますが、実際にはなにか代表らしいしているというわけでもなく、私が言い出しっぺなので、その責任を取って代表を対外的に名乗っているような状況です。

渋谷:ありがとうございます。小山さんご自身も、ポリオの体験者でいらっしゃいますが、この病気についてご存じない方も多いと思いますので、ポリオとはどんな病気かについても教えて頂けますでしょうか。

小山:はい、ポリオの日本語での正式名称は急性灰白髄炎(きゅうせいかいはくずいえん)と言いまして、英語でPoliomyelitisということから、ポリオ(Polio)と呼ばれます。小児麻痺と言うと、医療者の間でも脳性小児まひと混同されることから最近はポリオと呼ばれています。ポリオウイルスによる感染症です。感染者は便にウイルスを排出し、経口感染したウイルスが腸で増殖し血流にのって神経組織を冒します。灰白髄というのが脊髄の中の運動神経の集まったところですが、そこを好んでポリオウイルスが冒すことから急性灰白髄炎と呼ばれます。

渋谷:症状としてはどうでしょうか。

小山:はい。一方の下肢に麻痺が見られる例が多いのですが、上肢、下肢、体幹、嚥下筋、全身に発症します。延髄や呼吸筋を冒されると球麻痺と言って、呼吸が出来なくなり、人工呼吸器が出来るまでは死亡率は極めて高かったのです。ただ、ウイルスに感染した人が全員発症するわけではなく、感染した人のうち10%弱に発熱や下痢・嘔吐・咳など風邪のような症状が出ると言われています。また、風邪症状の出た人のうち10%程度に手足がだらんとする麻痺が出るとされていまが、実際は、軽い麻痺を診断されないこともあります。日本では子どもへの発症がほとんどでしたので、脊髄性小児麻痺とも言われた時期がありましたが、実際には大人でも発症いたします。

渋谷:ありがとうございます。ポリオは現在、根絶可能な病気と言われていますね。世界的な根絶活動の成果で、自然発生のケースは1988年と比較して99%まで削減されていますが、あと一歩のところで根絶に至っていません。日本でもワクチンが導入されるまでは、大流行した時期もあったということですが、日本国内でのポリオの歴史についてもお伺いできますか。

小山:日本ではずっとポリオが発生していましたが、1947年まではきちんとした統計はありません。1960年61年のポリオ大流行で、1961年にポリオ生ワクチンがソ連とカナダから緊急輸入され、集団予防接種が行われたことで、1962年以降、発症数は激減しました。野生株、つまり、生ワクチンによらないウイルスによるポリオ患者は1980年の1例が最後で、日本では1980年に野生株ポリオは根絶しました。

渋谷:その後の患者数はどうでしょうか。

小山:それ以後のポリオ患者は年に数人から十数人とみられています。これは、すべて生ワクチンによるポリオ発症です。また、生ワクチンによってポリオウイルスに感染した人から、その近くにいる人に感染する二次感染のケースもあります。2012年9月1日にポリオワクチンが生ワクチンから不活化ワクチンに切り替えられたことで、日本での新たなポリオ発症は無くなりました。そのため、国内では「ポリオは終わった病気だ」という認識が一般のみならず、医療従事者の中でも広がっています。でも、ポリオは決して終わっていないのです。

渋谷:ポリオが終わっていない、という点について、詳しくお聞かせ頂けますか。

小山:はい、まず、ポストポリオ症候群があります。これは、ポリオを発症して十数年から数十年後に新たな症状を発症します。ポリオを克服して頑張っていたポリオ経験者にとって、ポストポリオ症候群は、大変な痛みや新たな障害を伴う辛い病気で、ポリオの会も最初はこの病気の患者同士で、自分たちの病気についての勉強をし、知ってもらおうということで始まりました。私もそうですが、今でも苦しんでいる患者が多くいます。そして、もう1つは、先程も申し上げた通り、生ワクチン接種によってポリオを発症してしまったり、生ワクチンを接種した人を介して二次的にポリオに感染してしまったりするケースが、つい数年前まで起こっていたということです。

渋谷:ありがとうございます。まず1つ目のポストポリオ症候群についてですが、小山さんご自身が患っていらっしゃって、その辛さなどもよくご存知だと思います。少しご自身の体験も含めて、病気についてお話頂けますでしょうか。

小山:私は、1歳9ヶ月の頃にポリオを患いましたが、なんとか回復しまして、その後は、多少左足を引きずりながらですけれども、普通の生活をしていました。ですが、40代になって、それまでは健常と思っていた右足や上肢に激しい痛みや筋力の低下、疲労感などを感じるようになりました。

渋谷:ポストポリオ症候群の症状ですね。どのような痛みでしたか。

小山:本当に激しい痛みで、息ができないと感じるほどでした。えぐるというか、縛り上げるというか、そういった耐えられないような痛みだったんです。最初は右足だけだったんですが、両手にも広がっていきました。

渋谷:すぐにポストポリオ症候群だとの診断がついたのでしょうか。

小山:いえ、かなり長い間分かりませんでした。私自身は、症状があらわれたのは引きずっていた左足ではなく健康と思っていた右足でしたし、ポリオになってから何十年もたっていますから、そんなに時間がたってからポリオが原因でこんな激しい症状が出てくるなんて思いもよりませんでしたしね。でも、最初は病院に行けば原因がわかってすぐになにかしらの治療できるだろうと思っていたんです。

渋谷:でも、そうではなかった。

小山:そうです。本当にたくさんの病院をまわりましたが、まったく原因がわかりませんでした。最初は整形外科に行ったりもしていたんですけれど、そのうち神経系ではないかと言われて神経内科にもかかりました。でも。神経内科の専門医でも、ポストポリオ症候群だとは診断してくれなかったんです。

渋谷:ポストポリオ症候群自体があまり知られていなかったんでしょうか。

小山:おっしゃる通りです。先ほどもご説明した通り、日本では1980年を最後に野生株による発生がないということで、医療従事者の中でも「ポリオは終わった病気」という認識でしたから、ポストポリオ症候群については、神経内科の専門医の中でも、ほとんど認知がありませんでした。

渋谷:なるほど。

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左:JIGH代表理事 渋谷健司、右:ポリオの会代表 小山万里子氏

小山:どんなに医師をまわっても原因が分からない。そんな状況の中で、私はひょっとして、自分が子どもの頃にポリオにかかったことが何か関係しているのではないかと思い始めまして、一縷の望みをかけて、子どもの頃にポリオの治療をした日本赤十字病院に問い合わせまして、神経内科の先生に診て頂 きました。そして、そこでようやく自分がポストポリオ症候群である、ということがわかったんです。発症してから何年もたっていました。

渋谷:そのときのお気持ちはいかがでしたか。

小山:そうですね。やっと分かったということで、一区切りついた気はしましたけれども、でも、病気が確定しても、治療法はなかったんです。ですから、まだ気持ちは落ち着きませんでした。それでもなんとか糸口はないものかと、先生方に関係する資料を探して頂いたりしまして、そうして、ポリオに関する論文を書かれている先生が北海道にいらっしゃるということが分かりまして、その先生に会いに、北海道に行きました。

渋谷:北海道まで足を運ばれたんですね。

小山:はい、もう、自分の治療をしてくれる先生を求めて全国をまわりましたよ。そして、北海道でその先生に診察をして頂き、自分の話を聞いて頂き、先生からのお話を聞いて、それで初めて、少し心が落ち着きました。それで、きっと自分以外にもこういう思いをしているはずだ、と思い立って、朝日新聞の「声」という投書欄に、同じ思いをしている人に向けた呼びかけを投稿したんです。

渋谷:それがポリオの会のきっかけになったんですね。

小山:そうです。そうしたら、なんと25名もの人から反応があったんです。投稿した時、新聞社の担当の方にも「こういうのは普通、ほとんど反応がないですから、あまり期待しないで下さいね」と言われていたので、それはもう本当に驚きましたし、嬉しかったです。

渋谷:それだけ、同じように深く苦しんでいらっしゃる方がたくさんいらっしゃったし、その辛さが他の人には理解できないようなものだったんですね。

小山:そうだと思います。それから1ヶ月ぐらいたってから、初めて患者同士で会いました。そのときは、もう、なんというか、広い宇宙の中で、初めて人間にあったような、そういう感動がありました。

「ああ、ここに痛みを解り合える人がいる」そう思えることが、こんなにも感動的なことだとは思いませんでした。そこで私たちは、まったく初めて会う人たちばかりなのに、もう本当に昔からの友人のように話をして、痛みを分かち合いました。

次回、スペシャル対談(2)「ポリオに苦しむ人たちは日本国内にもいる」に続く