政策提言/リサーチ Policy&Reserch

2014.08.19

【スペシャル対談】山本栄二氏(元・在トロント総領事館 総領事、現・在東ティモール大使館 特命全権大使) ×金森サヤ子(2)世界が求める日本の経験知

「世界が求める日本の経験知」

【山本栄二氏プロフィール】  【金森サヤ子プロフィール】

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左:JIGH調査事業本部  部長/チーフ・ヘルス・オフィサー 金森サヤ子、右:山本栄二氏(元・在トロント総領事館 総領事、現・在東ティモール大使館 特命全権大使)

前回の記事:スペシャル対談(1)「グローバルヘルスと外交の密接な関係」

K:これまで日本は、特に感染症の分野で大きな役割を果たして来ましたが、今後はどういった分野で強みを発揮できるでしょうか。

Y:いくつかあると思います。一つは、国民皆保険制度です。2011年に国民皆保険達成から50周年を記念して、世界五大医学雑誌の一つ「ランセット」で日本特集号がありましたよね。JIGHの渋谷代表理事も関わられていたとうかがっています。

K:はい。

Y:世界的に注目度の高い医学雑誌に特集されるということは、それだけ世界からの注目されているということです。日本は、戦後の荒廃した中で苦労しながら、国民皆保険制度を作り上げていき、その結果50年の間に素晴らしい成果を残しました。現在では、日本の乳幼児死亡率は世界で最低水準、平均寿命は世界最高水準で、日本の保健医療は世界でも高い評価を受けています。しかも、医療にかかるコストは低い。この成果に世界中が注目しているわけです。

ですから、その経験をもとにしたモデルを今後隣国にもシェアしていけるのではないかと思います。特に、戦後の経済的にも貧しい中で、新しい保険制度を立ち上げるのには大変な苦労があったと思いますから、そうした経験を、途上国・中進国にシェアしていけるんではないでしょうか。やはり、日本自身の経験を今後、世界に発信していくことが、まず必要だと思います。

K:日本国内では持続性についての議論もあるところですが、低コストな皆保険を実現してきた実績・経験は、戦後の日本と同じように保健医療のレベルを大きく引き上げたい国々にとっては、大変な関心事なんですね。強みは他にもあるでしょうか。

Y:もう一つの強みになるのが、日本が世界で最も少子高齢化が進んでいる国の一つであるということです。確かに、高齢化社会の進行の中で、日本自身ももがいています。つまり、年々膨らむ医療費をどう抑えていくのかといった問題に直面しているわけです。もうまったなしで追い込まれていると。

でも、直面し、追い込まれているからこそ、入院するのではなく在宅介護にしていくなど、高齢者に対する様々な医療のあり方、サービスの方法などが、ハードのみならずソフト面で発達していくはずです。ここに関しては、世界中が注目していると思います。

K:注目度の高さを実感されることはありますか。

Y:ええ。カナダでいろんな方とお会いしますが、皆さん関心が高いです。政治家をはじめとした様々なジャンルの方が、日本から学んでいきたいとおっしゃる。どの国も遅かれ早かれ高齢化は進みます。ですから、日本はある意味で世界のモデルケースのような感じになっている。日本ではそのことをあまり認識していないのではないでしょうか。自分の国のことで頭がいっぱいですから(笑)。でも、実は皆それを見ていますよ。

K:カナダにはあまり高齢化というイメージはないのですが、進行しているのでしょうか。

Y:そうですね、いま一般にはカナダのような国は、高齢化社会とは縁がないだろうと思われているのかもしれませんが、そんなことはありません。現在は65歳以上の方が大体15%ですが、2036年には24%になるという予測もあります。つまり、今の日本と同じ水準になるわけですから、カナダの人も心配していますよ。

K:なるほど。先ほどの皆保険のお話は、途上国とか中進国に対して経験をシェアしましょうということなんですけど、一方で、高齢化については、カナダのように先進国で問題意識が似たところにある国同士で議論すると、より具体的なアクションにつながる提案ができるかもしれませんね。日本はもう崖っぷち、他の先進諸国も人ごとでは無いレベルにあるわけですから。まあ、アメリカとかだと、もともとの医療制度がまったく違うので、議論をしようにも話が噛み合ない部分が多いかもしれませんが。

Y:まあ、アメリカはね、確かにそうかもしれませんが、カナダはかみ合うんじゃないかと思いますよ。こちらは医療費は原則無料、日本は3割負担ですし、近い要素があるわけですよね。そういった意味では、他のヨーロッパ諸国や、ヨーロッパ型の医療制度を持つ国でもそうです。ですから、やはり高齢者医療のあり方の模索、高齢者の方がいかに健康寿命を伸ばし、いかに生きていくのかに関する日本のチャレンジは、世界に共有すべき素晴らしい経験になりますし、その経験を共有することを世界からも期待されています。

K:そうですね。今まで世界のどこも直面したことのない問題に取り組むというのはとてもチャレンジングですが、乗り越えたときの経験は何事にも代え難い価値があります。戦後の日本が皆保険制度をつくり上げ、急速に医療環境を向上させていったときの経験を、いま他国が求めているように、高齢化社会に対して日本が成果を上げれば、その経験を世界中が求めるようになると。

Y:はい、その通りです。

K:そう考えると、途上国・中進国・先進国、どの国に対しても日本の比較優位がありますね。

Y:ええ。ですから、保健医療分野においても様々なステークホルダーがいますが、出来るだけ一緒になって強みを打ち出していくべきだと思いますね。厚生労働省、経済産業省、外務省ももちろん、企業やNPO/NGOなどの民間や大学や研究機関なども含めて連携し、同じ方向を向いやっていく。

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山本栄二氏(元・在トロント総領事館 総領事、現・在東ティモール大使館 特命全権大使)

K:確かに、官セクターだけではなくて、民間セクター、特にNGOやNPOだけではなくて企業が保健医療分野に対する貢献することが増えてきていますよね。そこで、世界基金についてお伺いしたいのですが、世界基金はWHOやユニセフなどの他の国連機関とは少し異なった側面を持った組織だと思っています。

一番の違いは、製薬企業やNGOといった民間組織も理事会議席を持っている官民連携型の国際機関だという点ですね。山本さんが世界基金の日本代表理事を務められている中で、従来型の国際機関と異なる点を感じられていましたか。

Y:私はWHOやユニセフやなどの従来の国際機関で直接働いていたわけではないので、きちんと比較できないかもしれませんが、理事をやって一年半ぐらい色々と経験した中で感じられたことはあります。おっしゃる通り、理事会の中には国もあるし、国際機関もあるし、NGO/NPOもあるし、企業もあります。そうした官民連携型であることが影響して、意思決定が他の国際機関よりも早いかもしれないですね。基金から思い切ってプログラムにお金をつけちゃうというか。

K:そうなんですね。

Y:あとは、その意思決定の早さの所以でもあると思いますが、非常にフラットな組織です。もともと、世界基金が作られた経緯の中に、伝統的な他の国際機関の批判とまでは言いませんが、反省みたいなものがあるんですよ。

つまり、伝統的な国際機関だとオーバーヘッドのコストというか、そういったものが嵩んでしまい、実際現場にどれだけお金がいっているんだ、という批判は常にあったわけです。ですから、世界基金ではそういう反省を踏まえて、現場にできるだけお金を流すんだ、その中間はいらないんだ的な発想が強くありました。ですから、組織もフラットだし、小振りです。WHO(世界保健機構)が8,000名くらいのスタッフを抱えている[1]のに対して、世界基金の職員数は560名くらい[2]ですから。

K:なるほど。

Y:また、世界基金は必ずしも現場での存在感はありません。組織も小さいですし、現場でなにかやるのではなく、あくまでも基金であるという姿勢です。様々な方面からの寄付のおかげで、資金の規模はかなりありますから、そのお金のできるだけ多くを現場の子ども達やお母さんに役立つように使っていこうという意識は、やはり強く感じられました。

K:それは素晴らしいですね。進化型の組織といいますか、国際機関の新しいあり方とでも言えそうです。

Y:そうかもしれませんね。

K:冒頭のお話にもあったように、世界基金は、2000年のG8九州・沖縄サミットが契機で立ち上がったわけですが、その結果、こういう従来よりも進化した国際的な組織ができ、世界中で多くの人々を救っていると。そういう意味では日本はすごいことをしましたよね。

Y:そうですよ。設立の契機となったG8サミットの議長国だった日本は、世界基金の生みの親と言われているんです。そして、日本が生んだ組織が、三大感染症の課題に対して非常に大きな成果を残してきたわけです。つまり、日本が非常に革新的なこと行う契機をつくったということですから、もっと誇りを持って良いと思います。

K:そういったことは日本国内ではあまり知られていませんが、大変な功績ですね。

Y:ええ、こういった日本が主導権をとって成果を残したということは国内でも世界でももっと知られて良いと思いますし、日本は、今後も同様のことをして本当に役に立つ革新的なことをしようとし続けることが必要です。それは別に、日本が自分だけで頑張るというよりは、他国や様々な組織と一緒になってやれば良いわけです。その中で主導権を日本が取れば良い。日本の実力から言えば、そういう使命が日本にはあるんです。


[1]出典:”Historical Dictionary of the World Health Organization” , 2013, Kelley Lee, Jennifer Fang