政策提言/リサーチ Policy&Reserch

2014.06.26

【スペシャル対談】那須良(経済産業省 商務情報政策局 ヘルスケア産業課
課長補佐)× 金森サヤ子(2)「日本の医療 海外進出の”勝ちパターン”」

日本の医療 海外進出の”勝ちパターン”

前回までの記事:スペシャル対談(1)「ヘルスケア産業の大きなポテンシャル」

sayako3

JIGH調査事業本部  部長/チーフ・ヘルス・オフィサー 金森サヤ子

【那須良氏プロフィール】  【金森サヤ子プロフィール】

K:さて、ここから今回の対談のメインテーマ「医療の国際化」についてお話を伺っていきたいと思います。まず、世界の医療市場の現状を簡単にご教授願えますか。

N:世界の医療市場は2001年から2010年まで毎年平均8.7%で成長しており、2010年の市場規模は約520兆円です。これはリーマン・ショックの影響もまったく受けずに、伸び続けています。さらにアジアを中心とした新興国に限って言えば、15%〜20%の年率で成長しています。

K:すごい成長率ですね。

N:アジアの新興国では、病院が本当にニョキニョキと建っていますよ(笑)。また、疾病構造の変化としては、昔は伝染症で亡くなる方が圧倒的に多かったんですが、いまは生活習慣病で亡くなる方が新興国の中でも増えてきています。いま日本が高齢化のトップを走っていると言われていますが、ASEAN諸国においては日本を超える勢いで高齢化が進んでいて、それに伴って生活習慣病患者の増加という現象が起きつつあります。

K:市場としての可能性が非常に高い中、日本の医療の国際化の現状はどうなっているのでしょうか。

N:「日本の医療」と言ったときに、病院、医療機器、医薬品の3つに分類できると思いますが、医薬品に関して言えば、以前からグローバル化が進んでいて、日本の製薬企業も欧米企業と一緒に研究開発や販売をしていますので、あまり「日本の薬が」という売り方をする必要もない状況ですね。

一方、病院に関して言えば、これまでODAで途上国に基礎的な病院や医療センターを建てることはあったものの、病院が海外に事業として出て行くといった事例はほとんどありません。医療機器ついては、欧米・中国に対しては一定の売上をあげていますが、中国以外の新興国では殆ど市場をとれていない状況です。先ほど年率15-20%の成長をしているとお話した新興国市場において、日本の病院や医療機器はほとんど売れていないし、知られていないというのが現状ですね。

K:なかなか厳しい状況ですが、その状況を打破する方法はあるのでしょうか。

N:先ほど、世界で生活習慣病が増加しているというお話をしましたが、この世界のトレンドは日本にとって追い風だと思っています。日本の強みが活きる市場環境になってきている。

K:といいますと。

N:日本の医療の強みの代表選手は画像診断技術です。例えば、軟性内視鏡は、日本企業が市場シェアほぼ100%を占めていますし、画像診断装置に関しても世界で一定程度のシェアを保っています。これはつまり、生活習慣病の早期診断・治療、低侵襲な(体の負担が小さい)治療という一連の流れが日本の強みだということです。生活習慣病の増加という世界のトレンドがあり、そのニーズを満たす先進的な技術を日本は持っていますから、このニーズを上手く捉えて積極的な国際化を進めていくことが可能だと思っています。

K:なるほど、よく分かりました。ただ、一方で、日本の医療技術や機器は比較的高額ですよね。新興国においては利用できる人が富裕層に限られてしまって、人口の多い中間層や低所得層への拡がりがでないといったことはないのでしょうか。

N:さきほどお話した生活習慣病の早期診断・治療ですが、日本がわざわざ現地に出て行って事業として行うということは、当然現地で提供できないような高度医療になります。でもそのサービスの提供は富裕層に限られるわけでないと思います。

K:すると中間層ですか。

N:そうですね、富裕層に加えて中間層、中でもアッパーミドルの人たちがメインのターゲットだと考えています。日本の医療の強みは、ただ高度というだけでなく、質の高い先進医療を比較的リーズナブルな価格で提供できることだと思っています。ですから、アッパーミドル層に対して質の高い先進医療を、彼らが支払える金額で提供することが基本になると思います。ここで事業を回すことで、より富裕層向けの施設をつくったり、ロウワーミドル層や低所得層に向けてより安価に最低限のニーズを満たす医療を提供したりもできるようになると広がりが出てくると思いますが、基本的な対象はアッパーミドルだと考えています。

K:すると、日本の医療の国際化における典型的なビジネスモデルは、「生活習慣病の早期診断・治療を、新興国のアッパーミドル層に対して、適正な価格で提供して収益をあげる」ということですね。

N:その通りです。いまおっしゃったのが典型的というか基本形で、もちろん他の疾患に対するアプローチもあると思いますし、今後、ターゲット層が拡がっていくこともあると思います。JIGHの実施されているミャンマーでの白内障や香港・シンガポールの骨変形のプロジェクトも派生系ですが、そうした事例もどんどん出てきて欲しいと思っています。

K:ありがとうございます。いま出た白内障や骨変形のプロジェクトは、経済産業省の「日本の医療機器・サービスの海外展開に関する調査事業」で支援を頂いていますが、こちらの支援事業に関しては、実施が3年目ですね。これまでこの事業の支援を受けて海外展開に成功した例としてはどんなものがあるでしょうか。

N:この支援を経て、事業として自立しているのは3件あると思っています。1つ目は、昨年5月に北海道の北斗病院が、ロシアのウラジオストクに開業した画像診断センター。2つ目は、北原病院が今年中に着工する予定の、カンボジア・プノンペンの救急救命センター。3つ目は偕行会が今年6月に開業予定のインドネシア・ジャカルタに透析のクリニックです。その3件はF/S調査を経て、現地の制度とか事業ニーズとかも見極めた上で事業化まで辿り着いた例ですね。他にもベトナム、ミャンマー、インドネシアなどで次の事例が出てきそうな状況です。

K:なるほど、それは素晴らしいですね。この支援の認知度も上がってきているのでしょうか。

N:そうですね、初年度はこの事業への応募が8件しかありませんでした。それが、今年は応募が60件程度ありました。3年前は新興国に日本の医療機関が進出するということは誰もやったことがなかったんですが、こうした支援事業を通じて実際に進出するところが出てくると、自分のところでもやってみようかな、と思って頂けるところが増えてきている実感はありますね。

K:3年間で応募件数が7-8倍になったということで、順調に裾野が拡がってきているように思いますが、一方で課題はありますか。

N:医療機関側は少しずつ意識が変わってきているように思います。ただ、海外進出は医療機関だけではできません。現地での運営主体も必要ですし、事業の立ち上げに出資してくれるところも必要です。金融機関や経営管理を担う企業、医療機器メーカーなど医療機関以外の人たちが、うまくコンソーシアムを組んで事業に参画してくれるようにならないと、全体の裾野は拡がっていかないので、そこが課題です。

これまで日本の金融機関はこういう事業としての医療の国際展開になかなかお金は出してくれませんでしたし、大手総合商社でもまだ出資に躊躇していることが多いですね。経済産業省のF/S調査は、そういうリスクマネーを提供してくれる主体が、事業性を判断しやすくするために実施しています。現地では日本の医療に対するニーズはとても高く、ぜひ来てくれと言われるんですが、いざ病院設立の段階になって資金調達どうしようか、という話になるとプレーヤーがいなくなる。そこにギャップがあるんですね。まさに死の谷です。

K:そこをどう乗り越えるのが難しいと。

N:はい。これまでは成功例がなかったために、金融機関も過度にリスクを感じているところもあると思うので、成功例をつくることも重要だと思っています。あとは、コミュニケーションが不足していることも一因だと感じています。

K:コミュニケーションといいますと、医療機関と出資者の間でのいうことですか。

N:そうです。医療機関側は、現地の医療事情を見極めて、自分たちがやるべきと考える治療を行うことももちろん大事なんですが、事業を資金的にも安定的に回していくために、経営をどうするかということもきちんと考えて、出資者とコミュニケーションを取らないといけないと思います。ほとんどの病院が自己資本だけで海外進出はできないですから、出資者とどういう役割分担をすれば事業化がより円滑に進むのかををもっと考えないといけない。逆に、出資者側も単に事業性だけを考えるのではなく、医療のことを理解しようとしなければならないですね。その治療の現地でのニーズなどをしっかりと理解した上で、医療機関と話せるようになることが必要です。

K:今後、成功事例が出てくることでそのあたりも少しずつ変わってくるかもしれませんね。

N:そうですね。この分野は実績がほとんどない世界ですので、まずはたくさん打席に立たないとヒットは出ないと思うんですよ。最初は打率も低いと思いますが、たくさん打席に立つうちに勝ちパターンも出てきて、打率もあがってくると思うので、戦略はしっかりと持った上で、たくさん打席に立って試行錯誤することが大事だと思っています。

K:現状は、勝ちパターンのイメージはありますか。

N:まだ、明確なものはないですね。うちの省でも、他産業における海外進出の成功例の分析も行っていまして、例えば、ラーメン屋の海外進出の成功例を調べると、最初に進出したときに強みとしていたものがまったく強みにならず、まったく予想がつかなかった別の部分が強みになって成功したケースなど、色々な軌道修正をして成功している例がほとんどですね。そういう意味で今はまだ打席数が少ないですし、勝ちパターンとまで言えるものはまだ見えてきていません。たくさん打席に立って、色々と軌道修正をしていく中でシングルヒットからツーベースになり、ホームランも出ると思うので、可能性の幅を拡げて、海外進出をしたいという前向きな取組みをできるだけ後押ししたいです。

mr.nasu2

経済産業省 商務情報政策局 ヘルスケア産業課
課長補佐 那須良氏 

K:いま海外展開についても形にこだわらず色々な可能性を模索したいというお話でしたが、先ほどご紹介頂いたロシア、カンボジア、インドネシアにおける3つの成功例についてはどちらかと言うとメディア等でよく取り上げられるような病院を丸ごと輸出する、分かりやすい「オールジャパンモデル」ですよね。

N:そうですね。この3件については、それで成功をしていますが、必ずしもそれだけが良いとは考えていません。確かに日本側から見ると、「オールジャパン」というのは分かりやすいんですが、現地の現実的なニーズとしては病院の中の1フロアとか一部分に、高度医療センターやがんの早期診断センターなどを展開していくほうが、良い場合もあります。

K:先ほどのお話の「死の谷」もそのほうが乗り越えやすいですよね。

N:はい、海外展開にあたっては立ち上げ時の資金繰りに苦労しているケースが多いのですが、新興国に総合病院をつくろうと思うと数十床規模でも50億円ぐらいはかかります。それが1フロアでよければ、おそらく数億円でしょうから、ハードルはかなり下がります。グリーンフィールドに病院丸ごとというのは非常にわかりやすいですが、結果的に現地で医療を提供して事業を回していくことが重要であることを考えると、現時点においては、必ずしも病院丸ごとだけを目指さなくても良いんです。現地の病院と連携をして創業病院の中の一部門に入っていくとか、他の国や現地の公的機関とのアライアンスの中で進出していくなど、色々な参入パターンがあると思いますので、試行錯誤の中で勝ちパターンを見つけていくことが重要だと思います。

K:おっしゃる通りだと思います。私がいま医療の海外展開事業に関わらせて頂く中でも、やはりオールジャパン体制というのは分かり易いので、例えば、日本メーカーの治療機器で海外進出しようとすると、予防診断機器も日本のメーカーと組んだら良いんじゃないですか、と言われるんですが、現地ではそれは求められていないんですね。高品質過ぎたり高価格過ぎたりする日本製品よりも、むしろインド製とかの安くて軽くてポータブルで、一定の品質が担保されているような製品のほうが使い勝手が良くニーズも高い場合も多いんです。その場合は、その外国製品と組むことによって、日本製の治療機器の売上があがる可能性が高いので、そういう組み合わせを認めるフレキシビリティが必要だと思いますね。

N:コア部分で日本の強みを生かしつつ、トータルで日本の医療を事業として展開するが目的ですので、その目的達成のために一部で外国製品と組むほうが現地のニーズにあっているなら、それを選択すべきですね。看護師さんとかの人材についてもそうですね。現地の人といかに有機的な関係を築けるかが、現地に根付くかどうかにとって重要なので、現地人材もうまく活用しながら、本来目的に対して最適な方法を選択する必要があると思います。この分野に限らず、「オールジャパン」にこだわりすぎて失敗したケースは無数にありますので。

K:そうなんですね(笑)

N:もちろん、ジャパンイニシアチブというか提供するコアの価値は日本が提供している前提ですよ。そうでなければ国策として推進する意義がなくなってしまいますので。その前提の下で、コアでないその他の部分は現地のニーズに合わせて柔軟にカスタマイズすることが重要だと思います。

スペシャル対談(3)「日本人が気づいていない日本の医療の価値」に続く)