政策提言/リサーチ Policy&Reserch

2014.06.24

【スペシャル対談】那須良(経済産業省 商務情報政策局 ヘルスケア産業課
課長補佐)× 金森サヤ子(1)「ヘルスケア産業の大きなポテンシャル」

「ヘルスケア産業の大きなポテンシャル」

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経済産業省 商務情報政策局 ヘルスケア産業課
課長補佐 那須良氏

【那須良氏プロフィール】  【金森サヤ子プロフィール】

金森(以下、K):本日はお越しいただきありがとうございます。経済産業省商務情報政策局ヘルスケア産業課の那須課長補佐をお迎えして、「日本の医療の国際化」について、お話をさせて頂ければと思います。那須さん、どうぞよろしくお願いいたします。

那須良氏(以下、N):よろしくお願いします。

K:最初に、那須さんご所属の「経済産業省商務情報政策局ヘルスケア産業課」についてお伺いしたいと思います。一般的には「国内の医療に関わる官庁と言えば厚生労働省、途上国を含む海外の医療に関わる官庁といえば外務省」と思われる方も多いと思うのですが、厚生労働省、外務省で担当されていることと、経済産業省商務情報政策局ヘルスケア産業課でやっていらっしゃることの違いについて教えて頂けますでしょうか。

N:他省庁との違いという観点では、経済産業省は「国富の拡大」を追求することを、政策の基本に据えています。では「国富の拡大」とは何かと言うと、社会課題解決のための新産業を創出したり、そういった産業の国内外での事業拡大を推進したり、あるいは、事業拡大のための横断的課題を解決したり、といったことです。
その産業の一つの柱として、経済産業省では「ヘルスケア」を位置付けています。例えば、国内医療機関だけでは十分に提供されていない公的保険外の予防・健康管理サービスを提供する民間主体を育てたり、海外の市場を拡大したり、医療機器・医薬品開発における競争力強化に取り組んだりしています。
一方で、厚生労働省は、国内の医療・介護提供システムとして、規制などの体制整備や、を講じていますし、外務省は様々な分野での国際協力・外交を行いますが、その外交戦略の一つとして医療を捉えているものと理解していますね。

K:なるほど。いま、医療を産業として捉える、というのが経済産業省の活動の特徴とご説明頂きましたが、安倍第二次政権においては成長戦略の中で医療が重要産業として位置づけられました。日本国内においても医療を産業とする見方が一般的にもかなり浸透してきたように感じます。

N:以前は、医療分野の成長戦略に対して、「医療を金儲けに使うなんてけしからん」という意見を聞くこともありました。最近では、医療は、様々な機器や薬やサービスによって提供されている産業としての側面もあるという考え方が少しずつ浸透してきたように感じますが、医療界においてそのような考え方はまだ少数派かもわかりません。医療従事者の方は、目の前の患者さんを助けたいといった意識によって日々の医療業務に従事していらっしゃる場合が多いように思います。もちろん、それ自体は素晴らしいことなんですが、一方で、世界の医療産業が拡大し続ける中で、日本の優れた医療の価値をもっと世界に意識してもらって、更に日本の医療が伸びていくようにすることも重要だとも思います。

K:日本の医療の価値は高いということですか。

N:そう思います。日本人はあまり気づいていないかもわかりませんが、日本の乳幼児死亡率は世界で最低水準、平均寿命は世界最高水準で、日本の公的保健医療サービスによる国民全体への充実した医療サービスは、世界でも高い評価を受けています。ですから、日本が培ってきた技術やサービスやシステムを世界のより多くの人に提供して、日本の経済成長に繋げていくということはとても重要だと思っています。

K:なるほど。那須さんからご覧になって、医療の産業として価値や市場の魅力はどういった点でしょうか。

N:医療は産業としての規模が非常に大きく、かつ、これからの伸びしろが最も大きい点だと思います。国内の市場規模で言うと、医療だけで38兆円、介護も合わせると50兆円程度になります。国内のほかの産業セクター、例えば自動車産業の60兆円、建設業の45兆円と比較しても相当規模が大きいです。[1] また、これから医療の市場規模は毎年1兆円ずつ増えて、2050年には60兆円規模になると見込まれています。日本では、医療によって提供される価値をお金に変えていくという経験がこれまであまりなかったかもわかりませんが、日本が今後外貨を獲得していくために伸ばしていくべき産業としては、自動車や機械やエネルギーなどと比べても、医療は圧倒的に伸びしろが大きいと思います。

K:世界における医療の産業としての捉え方はどうなんでしょうか。

N:捉える主体にもよりますが、株式会社が経営していると、やはりより大きくより効率的にという流れが一般的です。欧米でも民間資本の病院は、どんどんチェーン展開をして、なるべく多くの患者さんを受け入れて、収益を上げていくケースが多いように思います。新興国でもインドなど株式会社の病院は同じです。そういった場合でも、医師はやはり目の前の患者さんを助けるという意識でやっているんですが、医師と経営者とがうまく連携して、医療と経営の良いバランスを保っている印象を受けます。一方で、一般的な日本の医療機関では、医師が医業に専念して、経験を積んだ先に病院の経営者になることが多いため、医療機関の経営層が、組織を経営する経験を諸外国のように豊富には得にくい構造にあるのではないかと思います。

K:いま世界各国の保健医療システムについて調べているんですが、アメリカでは健康・医療は自己責任という意識が強く、欧州では社会保障的な観点が強い。日本は欧州型で、シンガポールなどの新興国は両方が混在しています。実際にシンガポールに視察に行ったんですが、病院にも飛行機のエコノミークラスとビジネスクラスのような区分けがあり、経済力がある人は自分でより良いサービスを受けてください、経済力がない人に対しては最低限の医療が受けられる環境は保証します、という感じでした。なにが正解というわけではないんですけれども、日本が世界に先んじて超高齢化社会を迎える中で、現状のままでは日本の医療は破綻し兼ねないんだろうな、と感じましたね。

N:そうですね。医療費は毎年1兆円ずつ増えていくと言われていますし、このままでは財政的に持続可能性な状態ではないと思います。日本における国民皆保険制度という考え方は、日本国民の医療環境を飛躍的に向上させた素晴らしい功績があると思いますが、今後の10−20年を考えたときに、変えていかなければいけない部分もあります。昔と違って、最近では急性期の病気よりも慢性期の病気が増えてきて、医療費の約3割である9兆円を占めるまでになっています。こうした状況の下で、必ずしも医師だけが病気になった後の治療を担うのではなく、看護師や介護士や薬剤師や栄養士のみならず、民間の様々な公的保険外の予防・健康サービス事業者も一体となって、個人の健康を高めていく必要があると思います。

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JIGH調査事業本部  部長/チーフ・ヘルス・オフィサー 金森サヤ子

K:今回の対談に先立って、ヘルスケア産業課について調べさせて頂いたんですが、2011年の設立当初は、介護や予防医学などの医療の周辺サービスの市場拡大が主なミッションだったのでしょうか。

N:基本的には公的保険外の世界でヘルスケア産業を生み出すということを目的として2011年に設立されました。公的保険内の世界は厚労省がしっかりと制度を運用していますし、定期的な診療報酬改定で公的保険内の新産業や新技術が導入されてはいきますが、マクロで見れば、国の財政の中でのパイの奪い合いになるため、産業を新たに創出していくことは難しいと感じています。
でも、高齢化社会の中で国民のニーズの多様化が進んできて、医療保険や介護保険の外側の世界においても、色々と国民のニーズがあることがわかってきまして、そのニーズに応えていくヘルスケア産業を創出していこうとしています。もちろん医師にしかできないこと、有資格者にしかできないことはたくさんあると思いますが、健常者の健康管理や予防活動などは、公的保険外で民間が担うサービスをもっと活用していけるような社会構造にしていきたいと思っています。

K:必ずしも医療従事者がやらなくても良いことは、連携やアウトソースをしていくということですね。

N:はい。これは、社会保障費の増大に対する一つの解決策になると思っていますし、保険外で国民の健康に寄与する産業を幅広く育てていくことで、国民の健康増進にもつなげていくという、一石三鳥が我々のミッションです。

K:なるほど。ところで、那須さんはヘルスケア産業課では具体的にはどういうことをされているのでしょうか。例えば、お子さんに「パパお仕事何やってるの?」と聞かれたときに、どういう風にお答えになるのかというか。

N:それは良い質問ですね(笑)。大きく分けると、うちの課の業務は2つです。一つが、国内の予防・健康産業の振興、もう一つが日本の医療による海外市場の獲得です。

K:一つ目の予防・健康産業の振興について少し詳しくお聞かせ頂けますか。

N:まず、こちらのターゲットは慢性期疾患の予防です。慢性期疾患は今、医療費の約3割程度を占めていますが、それは病気になった後の治療費が嵩んでいるんですね。もっと若い時期に予防をしっかりとやっていれば病気にならなかったのに、という話なので、病気になる前の予防の世界に世の中のお金の流れをシフトさせたいと思っています。病気になった後の治療ではなく、若い時期の予防や健康管理に個人や企業がお金を投資していくような、世界にしていきたいと思っています。

K:具体的にどういう取組みがあるんでしょうか。

N:3つの取組みがあります。1つ目が、医療関連分野で新事業を行うときの法的グレーゾーンの明確化などの事業環境整備、2つ目が医学的エビデンスに基づくサービスの品質評価の仕組みの整備、3つ目が予防や健康管理に投資する意識の普及です。

K:それぞれ簡単にご説明頂けますか。

N:1つ目の事業環境整備は、今年の1月に施行された「産業競争力強化法」に基づいて実施しています。医療の周辺領域で民間事業者が新事業をやろうとすると、色々な法律に関係してきて、法律に抵触しているかもしれない、でも明確に違法かどうかはわからないという、所謂グレーゾーンと呼ばれる領域が存在します。明確に法律違反というわけではないんですが、関係者に「本当にそんな事業をやっていいんですか、大丈夫ですか?」と言われると、事業の実施に躊躇してしまうようなケースが存在します。そういったいわゆるグレーゾーンの明確化に向けて、制度を所管している厚労省とも連携しながら、できるだけ事業がやりやすくなるような考え方の整理を協力して行っています。

K:それはまさに公的機関しかできない重要な仕事ですね。2つ目の医学的エビデンスに基づくヘルスケアサービスの品質評価はいかがでしょうか。

N:医学的根拠に基づいて効果のあるヘルスケア製品やサービスを、第三者が認証していく仕組みを検討しています。例えば、個人で健康管理をしようと思ったときに、健康食品とか健康機器とかに関心があっても、「●●先生推薦!」「●●さん絶賛!」とか、効果に医学的根拠があるのか、ないのか、よくわからない、まさに玉石混交の状況です。この結果、個人がなかなか健康機器やサービス全般に手を出しづらいという実態があると思います。このような状態を改善するために、第三者が医学的根拠に基づいたサービス品質の評価をきちんとして、本当に良い物を消費者が選択しやすくなるようにする取組みです。

K:ありがとうございます。3つ目の予防に投資する意識の植え付けについては、どんな取組みがあるのでしょうか。

N:はい、そもそも予防や健康管理って、一部の健康意識の高い人を除いて、なかなか皆お金や時間を使ってくれないんですね。健康診断の受診率も国全体で見るとまだまだ低いですし、健康診断を仮に受けたとしても「結果に異常があるので再検査を受けてください」と言われても、結局仕事などで時間がなかなかとれずに、再検査には行かないというのがほとんどだと思います。予防や健康管理に関しては、そうした意識を少しでも変えるための取組みを行っています。特に企業の経営層に対する働きかけをしています。

K:企業に、ですか。

N:はい。企業は医療費に関して、患者が窓口で負担する3割の残りの7割を占める保険料の半分を負担しています。従って、本来は被保険者である従業員が病気にならずに医療費の支出が減れば企業側にとってもメリットがあるのですが、そこに対して、今までは法律で求められている最低限のこと以上の積極的な対応が、なかなかできてこなかったという現状があります。
本来は健康診断などで病気が発生するリスクの高い層を抽出して、その層に重点的に介入して、病気を予防していくことで、医療費負担のコストが下がって企業側にもメリットがあるんですが、現状はまだ企業の経営層に、医療費をはじめとした社会保障費は固定費だから、毎年支出が増えるのは仕方がないという意識が根強いです。
でも、企業が本気になれば、社員の意識を変えられますし、社員の意識が変われば、企業の従業員による予防への取り組みが促進されます。例えば、ローソンが「健康診断を受けない人はボーナスの一部をカット」と社内で宣言したら、健康診断の受診率が100%になったそうです。そういう風に会社の経営層が、社員の健康管理にこれまで以上に介入して、予防できる病気になるリスクを回避することによって、従業員の健康を増進させていくという考え方を植え付けていきたいと思っています。

K:ありがとうございます。それでは、ヘルスケア産業課の取組みの2つ目、海外市場の獲得についても簡単にご紹介頂けますでしょうか。

N:海外市場の獲得に関しては、政府全体としては、医療の国際展開に政府全体として取り組んでおり、その中で、経済産業省としての役割は、日本の優れた医療技術・サービスを海外に展開して、現地で患者さんの支払う医療費を原資として事業として自律的に回っていくような状態を実現することです。医療を海外で事業として展開する経験が日本では圧倒的に不足しているため、まずはフィージビリティ・スタディ(Feasibility Study:F/S)つまりプロジェクトの事業化可能性の調査を支援して、事業性ニーズがありそうなプロジェクトを創出し、それらに対して様々な支援を行っています。

K:海外市場開拓における官セクターの支援は非常に重要ですね。例えば、医療機器の紹介のため現地で医療従事者向けセミナーなんかをしても、国や大使館の方にご参加頂くと、参加者の反応が違います。冒頭挨拶や参加者との交流をして頂くだけでも、国をあげて支援していることが伝わるんですね。これは、単純に一企業が開拓しているのとは受け止められ方が全く違いました。小さなことかもしれませんが、資金的な援助だけではなく、そういうことも、官セクターのとても重要な役割だと思います。

N:そうですね、医療の国際展開は、政府の成長戦略の中でも非常に重要な政策の柱ですし、民の取組と連携しながら、ぜひ積極的に支援をしていきたいと思います。

スペシャル対談(2)「日本の医療の海外進出 “勝ちパターン”とは」に続く)


[1]:【各産業の市場規模】自動車・同付属品産業:約59.7兆円(平成24年、財務省)、建設業:44.9兆円(平成25年、国土交通省)、不動産:33兆円(平成24年、財務省)、外食:23.2兆円(平成24年、食の安全・安心財団)